まだまだ、青春したいから

いろいろためらわず試してみよう。言い訳なしの人生を!

何もかもイヤになって…

何もかもがどうでもいいような気がする。

すごく憂鬱なときは
本当に
自分に余裕が持てない。

自分自身に問題があると分かっている。
だから自分を責めてしまい、そしてまた憂鬱になる。

誰かのせいにすれば楽なのか?
自分を正当化すれば楽なのか?

分からない。分からない。

闇の中。

そんな憂鬱な時は、
本も読めない。

大好きな映画すら見に行きたいと思わない…。

美味しい物を食べたいとも思わない。

ダメダメだ…。

今この憂鬱さを乗り越える術すら思いつかない。

どうした物か。

次にブログを更新するときには元気になっていたい。

笑っていたい。

今書いているブログが、恥ずかしいと思いたい。

そして何を憂鬱に思っていたか忘れていたい。

人間は忘れる動物だと言われる。

今はその特徴が愛おしくて仕方がない。

忘れたい…忘れたい…。

そして明日起きたときには、朝日を見て感動したい。

頑張るぞーと思いたい。

疲れてしまった

1日1回感動しよう!

心が弱っているといろんなことに心が揺れてしまう。

ほんの些細なことに。

夕方の真っ赤に染まる空にも。

いつもは気が付かないのに、なぜか目にとまってしまう。

不思議だ。

それともまだ自分に余裕があるから、夕日がキレイということに気が付くのかもしれない。

明日が来るのがすごく怖い。

その原因は、仕事だと分かっている。

踏ん張りどころなのか、諦めて新たな道を選ぶのか。

どうすればいいのか正直分からない。

じゃあ何がしたいの?

考えてみる。

でも誰かの役に立つ仕事がしたい。

できることならば、相手の顔が見たい。

人間を励ますことは、文章でもできるかもしれないけど、でも顔が見たい。

喜んでもらえているというのを、実感したい。

自分のために。

それってダメなことなのかな…。

会社のためじゃなくて、誰かのために働きたい。

みかづき

自分にできること。やりたいこと。そして夢。

すべてがマッチすることがあるのだろうか。

すべて叶ったとしても、楽しく順風満帆で、幸せを感じて仕事を続けていけるのだろうか。

現実は予想以上に厳しくて、思う通りに行かないことの方が多い...。

思い通りにばっかりいく人生なんてつまんないとか、若いうちの苦労は買ってでもしろとか言うけど。

やっぱりどこかで一息つく場所がほしい。

甘えと言われればそれまでかもしれないけど。

久しぶりに自分は何がしたいのか、何ができるのかについて振り返る良い機会になった。

答えはまだ出ないけど。


「新しい道はいつだって、歩いてみるまで正体がしれない物ですよ」


一歩踏み出す勇気の言葉。

誰だって最初は初心者。

年を重ねるごとに余計なプライドばかりがつきまとって一歩目が踏み出せないし、勇気がない。

こんな私を天国の祖父はどう見ているのだろうか。

偉大すぎる祖父のことを思い出した本だった。
みかづき

蜜蜂と遠雷

大人になってから夢とか目標とかあまり真剣に考えて向き合っていなかった。

夢を持つのは子供の特権だと思っていた。

よく夢があるから生きていけるみたいなメッセージをよく耳にするけど、きれい事を言っているみたいで私には無縁のような気がしていた。

何かきっかけがほしい。自分のスイッチが入るようなきっかけが。

それはやはり人との出会いかもしれないと思った。

新しい出会いを求めて行動することは、すごく勇気が必要で...。

でもやっぱり出かけてみよう。

メリットばかりを考えるのではなく。

傷つくのを怖がらず。

この本に出てくる勇者たちは、一歩目を踏み出したからこそ新しい自分に向き合うことが出来たし新しい出会いもあった。

いろんな勇気をあたえてくれた。
蜜蜂と遠雷 (幻冬舎単行本)

たとえ明日、世界が滅びても今日、僕はリンゴの木を植える

昔好きだった、歌の歌詞にあったフレーズを思い出した。

『幸せ過ぎて大切な物が、解りづらくなった 今だから』

実にその通り。目先のことに腹を立て、誰かを不幸にする寸前だったのかもしれない。

そんな風に感じてしまった。


今というこの瞬間を大切にしないと、過去も未来もダメになっていしまう。そんな当たり前のことが、言われないと分からない。
目先のことにこだわり続けて、夢も見失っていた。

私は、すべての人となんとなくうまくやっていければ良いかなぁと思っていたけど、それが一番良いけど、そんなことをしていたら本当に大切なことを見失ってしまうかもしれない。

私は不幸なんかじゃないし、どちらかというとかなり恵まれている方。
冷静に考えるとそうだと思う。


本を読むと本当に心が洗われる。
どうでも良いことで悩みすぎてしまった。

これからの私の座右の目にしたい文言が、本に書かれていた。

『なんとかなる。』

まだまだ若造の私が言うのも何だけど、今までどうにもならないようなことはなかった。

心が壊れるぐらい悩んだこともあったし、気が遠くなったこともあった。

でも、今考えれば、すべてどうってことないことのように思える。

もちろん、悲し過ぎる記憶もある。

でも私は前にすすむことしかできない。

すべての出来事にありがとうと思えるほど器は大きくないけど、感謝できる日がきますように。
たとえ明日、世界が滅びても 今日、僕はリンゴの木を植える

ハリネズミの願い

ポジティブというよりどちらかと言えばネガティブ。
楽しいことのはずなのに、悪い方に悪い方に考えてします。
慎重な性格と言うより、どちらかと言えば卑屈。

ハリネズミは、なんとも自分に似ている感じがした。

起こってもいないトラブルに一喜一憂して。気を病むのはもったいない。

もしかして人の目を気にするあまりそんなことになってしまったのかもしれない。

でも実際はみんな自分のことしか気にしてなくて、相手のことまで考えているのだろうか。

ハリネズミは実に優しい。でもあまり自分自身を大切にしていないような気がした。
コンプレックスのハリのせいで、何もかも悪い方向に流されている気がする。

だからといってハリを抜くわけにもいかないし、抜いたところで自分が自分でなくなるような気がする。

コンプレックスはコンプレックスのままで良いと思う。でもコンプレックスを克服してまで自分が自分でなくなってしまうのは、なんだかそれは違うようにも感じる。

とにかく考えすぎないこと、そして流れに身を任せること。

何も良いことがない時は、それが一番。

いろんなことを考えた。

読んでいるときのメンタルにかなり影響をあたえるストーリーのように感じた。
ハリネズミの願い

本を守ろうとする猫の話

いまいち気分が乗らない日々が続き、何かしたいと思い、でも何にも思いつかず。

少しでも今直面している状況から、現実逃避したくて思いついたことが、本を読むこと。若かった頃みたいに狂ったように本が読みたい。久々にそんな衝動がわいてきた。何が読みたいというわけでもなく、近所の本屋にいき新刊コーナーをうろうろ。

しばらく小説を読んでいない。そう思った。最後に読んだ小説は、5年前ぐらいに読んだ村上春樹の“海辺のカフカ”。精神的に参っている時に読んでしまったので、プチ鬱っぽくなったのを今でも覚えてる。それ以来小説は読んだ記憶がない。もっぱら自己啓発本を読みあさった。あの啓発本は結局自分になにかもたらしたのだろうか・・・。読んだことに満足して何も行動に出なかったので意味がなかったような気がする。でも今思うと若干自分に自信が出てしまい、気に入らない相手には攻撃的になり、結局すべてを失ってしまったような気がした。今思うとそんな気がする。

今話題の本は一応知っている。読みたい衝動を抑え手に取った本が“本を守ろうとする猫の話”。表紙はなんともファンタスティックな感じで、いまいちそそられない。作者を見てもピンとこない。

作者紹介をチェックしてみた。神様のカルテを書いた作家さんだ...。お恥ずかしい。そんな有名な作家さんも分からなくなってしまうぐらい本を読むという習慣から遠のいていた。でも読もうと思ったポイントは別の所にある。大阪出身。で信州大学に進学。信州・・・。信州の人間はとても同郷心に弱い。急に作家の夏川草介が気になり始めた。

いつもなら本屋に1時間以上滞在する私が、今日は同郷心であっさり本を選び家路についた。

すぐに読みたかったけれども、読み終わったときの一抹のさみしさを久しぶりに思い出し本が開けない。
結果的には、たった2日間で一気に読んでしまったけれども。

週明け、鞄に忍ばせ会社に向かう。待ちに待ったランチの時間がやってきて、さっさと本と携帯と財布を持ち足早に近くのファーストフード店に入った。ファーストフードならすぐ食べられるので、本をゆっくり読める。

私が想像していたストーリーとはまるで違った。唯一の家族、祖父が亡くなったことからスタートする。暗い。

なんとも卑屈な高校男子が、猫と不思議な会話を繰り広げ、本を救い出すというストーリー。ここから私は何をくみ取れるのか、必死になって読み進めた。そしてドキッとするような話題に移った。本をたくさん読むことを善しとし、一度読み終わった本は鍵付きの本棚にしまい込むという男から本を解放するというという話。うーん。まさに私のことではないか・・・。その男と私の類似点は、一度読んだ本は読み返さない。何でも間でも読むことが善いことだと思っていること。

価値観の相違ということは分かっているけど、なんとも恥ずかしい気分に陥ってしまった。

そんなこんなで、卑屈な高校男子と、不思議な猫が難題を解いていく。

読み終わった、素直な思いは、また狂ったように本を読んでみようと思った。シェイクスピア大江健三郎みたいな敷居が高そうな本ではなく、今月本屋に並んだばかりのできたての本を読んで見ようと思った。いろいろ思う節はあるけど、私はこの今の時代を生きている。どうせなら今の時代に世に送り出されている本を読もう。この本たちは、傑作、ベストセラーと呼ばれても100年後存在するか分からない。今、この時代に産まれてきた本を読んで、一緒に生きよう。この時代にも素晴らしい本がたくさんある。“本を守ろうとする猫の話”を読んで確信した。

本を守ろうとする猫の話